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プラセボの中の人の最果て

『到着』-2

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テキスト


『到着』 -2




「こちらです」メイドが3つ目のドアを開ける。
22~3平米というところか。
窓は南と北に1つずつ、さっぱりとした室内には備え付けのベッドと物入れ、奥に小さな給湯設備。
「おトイレとお風呂は共用なので、出て左の、さっきのところを使ってくださいね。お風呂とかのお掃除はお当番制なんですよ。あっ、でも先生だからお当番は無しかな、きっと無しですねごめんなさい」
と目まぐるしく自己完結して、口に手を当てふふっと笑った。
「いえ、使わせていただくんですから僕らも『お当番』に入れておいてください」と言うと、
「えっ、じゃあ、えっと、タキサンに相談してみます」と返ってきた。タキサン、とはメイド長か何かだろうか。



先程『僕ら』と言ったのには訳がある。既に到着している様子の隣の住人も『先生』として招かれているはずだからだ。
当主の話では24時間体制が望ましいという。ならば少なくとももう一人雇われたはず。
隣室には確かに気配があった。顔を出す気は無いようだが。
「あっ、そうですそちら側がもう一人の先生のお部屋で」意外に察しよく僕の視線に気付いたメイドが説明を始めた。
「で、こっちのお隣は空いていて、その向こうがタキサンのお部屋です、タキサンは今坊っちゃまのお相手をしててお2階に行っちゃってるんですけど、すぐ戻りますって」
「私じゃ坊っちゃまのお相手はまだ無理なんですよ、あんな」事があったばかりだし、と言いかけたのだろうが、ぱっと口に手をやり「えっと、お荷物はこれで全部ですか?このあとどうされます?お屋敷を見て回られるなら…」と慌てて話を方向転換した。
気付かぬふりをして話に乗り、「このままあなたに案内をお願いしても構いませんか?」と微笑んで言うと、
メイドは表情を緩めた。
「いいですよ!じゃあご案内しますね、どうぞこちらへ!」




本館一階のだだっ広いリビングダイニングで家族が食事をとるという。
大きなテーブルに趣のある椅子がいくつか、それと並んで高さのある子供椅子が二脚据えられていた。
ここからも庭が見える。窓枠やカーテンの意匠を見るに、賑やかな頃はさぞと思いを馳せた。
「こちらはさっき来ましたよね、応接室、それで、そこにあるドアの向こうは娯楽室っていって、
でも今はほとんど使ってなくって空気を入れ替える時くらいしか開けないです。
そのお隣は本が沢山あるお部屋で、こちらもあまり使わなくって、あとこちらが、、」
使われぬ部屋の多い屋敷は寒々しいものだ。


北側の厨房もかなり広そうに見えるが、現在は料理長と手伝いが1人か2人詰めているだけだという。
用意するのは家族分と使用人たち7〜8人分。
古には夜毎に宴が催されたことだろうに。


厨房の奥には使用人たちが食事をとったり休憩したりする小食堂が設置されている。
そこにだけは生気があった。
「私達のお食事はここです、調理の方が用意してくださるので、
手のすいた人から順に、代わりばんこにとります。
大橋先生もここまで出てきてくださいね。あっ中庭の近道教えて差し上げますね!」
言いながら、中庭へ続く勝手口と使用人棟とを結ぶショートカットを指し示してくれた。
なるほど渡り廊下ルートで大廻りするよりは楽そうだ。


一階の最奥に玄関脇とは別の階段が見えたが、そちらには案内されない。
「あちらの階段は?」と訊いてみると、
「あちらは、旦那様のお部屋に続いているので」との返答。『家庭教師』が立ち入る場所ではないという意味だ。
寒々しくても使用人には活気があり、意識が行き届いてもいる。
悪くはない、と思った。




一通り終わったのか大階段下で立ち止まって、
「お二階もご覧にいれたいですけど・・・今上がっていいかどうかわからなくて」と申し訳無さそうに言う。
例の『坊ちゃま』が原因のようだ。
「構いませんよ、いずれ顔合わせがありますし、その時に上がるでしょうから」と伝えるとホッとした顔になった。
「では、これで。わからないことがあったら私や他の人に訊いてくださいね。
あっ、お昼にはさっきの食堂にいらしてくださいね!」
念押しで指示を残して去ろうとする彼女を呼び止めた。
「すみません。紅茶を…先程のではなくて、従業員用の紅茶を、分けていただけますか?」
部屋に置きたいので。 
そう言うと、ぱっと笑って「いいですよ!では取ってきますね!」と駆け出していった。


(『到着』 2020年1月)






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