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プラセボの中の人の最果て

横浜さんちの話・2

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横浜さんちの昔話、つづき。


イケイケだった先々代、歴代でも一二を争う裏社会通なお祖父ちゃんでしたが
突然亡くなってしまいます。
慌てて横浜パパが呼び戻されて、バタバタと当主になりました。
(それまでどっか他の場所に居たんですね。知らんけど)


横浜パパは元来気の優しい弱い人なので、
向いてないし跡なんか継ぎたくなかったんですけど
弱いがためになあなあで継がされてしまいました。
どうしようこれ…って思っているうちに最愛の横浜ママまでが亡くなってしまい
横浜パパは一気に病みパパへと変貌を遂げるのでした・・・
(いやちょっと精神的に引き篭もっただけです)


病み気味パパは仕事にはかろうじて行っていましたが
(ていうかそこしか行くとこないっていうか)
仕事内容にも興味を持てません。
やる気のないトップを抱えた企業は弱体化します。
そのとき、瓦解を防ごうと必死でパパを支える若き敏腕側近(眼鏡)が・・・・・・・・・・・・
いたらいいね!?って思うんですけどみんなどう思う!?(前のめり
なんならそっとパパに片想いしててくれてもいいよね!!??(大声
えっなに年下攻めおじ受け!!!???(幻聴



また横道に逸れるぼく(戻れ



そんなこんなで息子を見るとママを思い出してむしろつらいという病み方をしちゃったパパと
おかーさんいなくなったのにおとーさんにまで冷たくされる湊ちゃん5歳。
寂しいですね。


坊ちゃまは元来明るい子なのでそれなりに元気に暮らしてはいたんですが、
徐々に後追いが病的になっていきました。
誰かかならず付いていないとギャン泣きが始まるので
スタッフは迂闊にトイレにも行けません。
対応が遅れたら一度は階段を落ち、一度は過呼吸を起こして紫になったので、
スタッフはギャン泣き序盤で素早くケアするしかありませんでした。


さみしんぼ病は昼夜を問わずでしたので、夜中に叩き起こされるのも普通。
生まれたての赤ちゃんさながらの夜泣きっぷりだったそうです。
それ自分も眠れてねーじゃねーか湊吾。
当時は主に住み込みのタキさんが担当してくれてましたが
「さすがにちょっと痩せたわぁ」って言ってたそうです。


こんなじゃあ、一回医師にみせる…?なんて話していた矢先、
家の事情に関心を寄せず湊吾の現状も見なかったことにしていた横浜パパが、
タイミング完全無視で突然反ちゃん8歳を連れ帰ります。
…これに関しては理由というか、裏設定があるんですが、
これ話し出すとまた長くなるので今はやめておきます。
とにかく、メンタル詰んだ横浜パパは突然のアクティングアウトを起こしたわけです。
やっぱ結構病んでんなおっさん。


坊っちゃまが反ちゃんをひと目で気に入り、『激烈赤ちゃん返り』は突如収束しました。
瓢箪から駒です。やったね従業員の皆さん。
いやまあ、しょーもない我儘なんかはまだまだ続きますが、
泣き止んでくれただけで万々歳でした。
『理由のわからないギャン泣きに心を痛める会』の皆さんで
こっそり慰労会をやったそうです。




今となっては、繰り返し話される笑い話です。
湊吾はその度に「そんなには泣いてなかった」と言っています。
反町は「(あれで泣き止んだ内に入るのか……)」と思っています。








 気配残し(WEB拍手)

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